房総球奏考

野球応援だったり観戦日記だったり

「伝令中は演奏中断」の真相

高校野球応援界に広がるウイルス


最近、ブラジルなどの中南米を中心にジカ熱が流行ってますが、野球応援業界でもウイルス感染症が蔓延していることはご存知でしょうか。


このウイルスの感染は野球応援にとっての死活問題であり、私としてもこの緊急事態を黙って見過ごすわけにはいかず、3,4年前から「非常事態宣言」を発しているんですが、まあ、そんなのいったところでどうにかなるわけもなく、というかますますこのウイルスは広がり、この感染力たるや凄まじく。


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そもそも、「伝令中は演奏中断」とはどういうことか。


簡単に言えば、相手守備陣がタイムをとってマウンドに集まった時、話しやすくなるようにという名目で攻撃側のブラスバンドの演奏を停止することです。


どのくらいの学校が、このウイルスに感染しているのか、具体的な数字を挙げてみましょう。


2014年千葉大会 演奏中断率59%(20/34)


翌年...


2015年千葉大会 演奏中断率72%(31/43)


※この数字はテレビ中継や現地観戦を通してあくまで私が趣味で集計した数字なので、間違いがあるかも


母数の違いはあれど、1年で13%も上がっていることがわかります。(2011年は0%)


来年以降はさらに拡大するかも...


それと、この演奏中断に関して、千葉県高校野球連盟の側からも各校に通達がきたとかこないとか?


まあ、この話は後で触れます。




では、そもそもこの風潮はどこから波及していったのか。


キーワードは「習志野」「安住紳一郎」「日刊ゲンダイ


ひとつずつ見ていきます。

習志野美爆音騒動


事の発端は、毎年夏の選手権前に発売される週刊朝日増刊号『甲子園』の2011年8月号。


その中で『球場で繰り広げられるもうひとつの熱戦 ブラバン甲子園!』と題し、野球応援の有力校を対象にした記事があるんですけど、ここでは駒大苫小牧習志野、熊本工業の東南北の吹奏楽の強豪が取り上げられています。


そして、のちに物議を醸すことになる習志野の記事の一文を紹介しましょう。

ナインの背中を押すため、攻撃中は管楽器のベル(音が出る部分)をバッターボックスに向ける。習志野にチャンスが訪れ、相手校が「タイム」をかけてマウンドに集まれば、マウンドに向きを変えるという。(中略)「相手ベンチからの指示を聞こえなくしたり、マウンド上での会話をしにくくしたりするんです。気の弱いピッチャーなら、この爆音にやられて崩れますよ(笑い)」


「(ベルを)マウンドに向きを変え」
「指示を聞こえなくしたり」
「会話をしにくくしたり」


実際、野球応援でこういった行為をしているブラスバンドは多いです。応援に慣れたチームは特に。


この発言をした習志野吹奏楽部顧問のI先生は、いつものべらんめえ口調で軽いリップサービスのような気持ちで言ったんでしょうけど、メディアの前で発言する内容とした不適切だったかもしれません。


まあ、この方のこうしたスタンスのブレなさやカリスマ性が習志野ブラスバンドの人気や強さを支えていること、習志野の代名詞「美爆音」を生み出したことは今更言う必要もないでしょうが。


結論から言って、この時のこの発言(特に後半部分)が世間一般の民衆や高野連を敵にしていくわけです。


習志野にとって不運だったのが、駒大苫小牧の記事が同じページで紹介されていたこと。


習志野が相手を打ち負かす、サウンドによって相手に威圧をかける応援をテーマとしているのに対し、駒大苫小牧の応援は相手を打ち負かすのではなく両校ナインを鼓舞したり、音楽の心地よさを観衆に楽しませることがテーマ、とのこと。


記事だけを見れば、異端の習志野、正統の駒苫、対照的な応援スタンスに立つことで、お互いがより強調されます。


もちろん、どちらが良いとか悪いとかの問題ではなく、両校それぞれに伝統がありそれぞれに良さがあるのは百も承知のはずなのに、「普通」を好む日本人は、両者を比較して後者の駒苫を支持したのではないでしょうか。


まあ、この駒苫の記事との比較は参考程度に。


奇しくも、この2011年は習志野が10年ぶりに夏の甲子園に出場し、甲子園でも快進撃を続け(というか実力通り)、ベスト8まで勝ち進みました。


記事効果もあり?大会前から注目度は高く、1回戦のNHKの実況も度々吹奏楽の応援に触れ、皮肉なことに習志野が勝ち進んだことがこの騒動を大きくしたのも事実です。

安住アナのラジオ番組における習志野言及


さて、キーワードの2つめ、「安住紳一郎」です。


結構誤解されている方が多いようですが(私がそうでした)、この「習志野美爆音騒動」において、安住氏は一度も習志野の応援を批判していません。むしろ肯定しています。


問題となった、というよりは、議論のきっかけを作った、といった方が正しいかもしれません。


2011年8月、前述の通り10年ぶりに夏の甲子園出場を果たした習志野は1回戦で古豪静岡高校と対戦します。


結果は、この春からNTT東日本に進む宮内和也の大活躍で快勝。そして、あの大迫力のブラスバンドも一気に甲子園のトレンドとなりました。


そして、その週の日曜日、安住氏がメインパーソナリティを務めるTBSラジオ安住紳一郎の日曜天国』にて、習志野ブラスバンドを語っています。


http://miyearnzzlabo.com/archives/21943miyearnzzlabo.com


この番組では習志野の異端派の面を一通り紹介した最後にこう締めくくっています。

これだけ、コンプライアンスが叫ばれている中、みんながいろいろな人に気を使う中、ちょっと突き抜けて。どうなの?って言うぐらいの応援をしている習志野高校。千葉代表ですしね、私は、応援します!


むしろ称賛してますね(笑)


私も同感です。


こういう普通じゃない問題児(褒め言葉)こそ日本を元気にするんじゃ

日刊ゲンダイの悪意


安住氏のラジオの後、日刊ゲンダイは以下のような記事を出しています。(一部抜粋)

「対戦相手がタイムをかけてマウンドに集まると、わざとラッパを向けて相談事がはかどらないように邪魔するんですって。 部の顧問が公言してました」とバクロした上で、
「これって正々堂々の高校野球の精神に反してますよね!」と語った。

さらに、七回表の攻撃で習志野が本盗を決めたことに触れ、
「大音量が(静岡の)選手の声をかき消したんじゃないか」と疑問を投げかけた。
といっても安住の問いかけは真剣とはほど遠く、
「言っちゃダメ、やっちゃダメなことを言い切る顧問はすごい。それをやる習志野高校が大好き」とからかった。

習志野高校は、日刊ゲンダイ本紙の取材に「顧問が誤解を招く発言をしたのは事実ですが、フェアプレー精神に反する意図はまったくありませんでした」(教頭)と大弱りだが、安住の爆弾トークはTBSラジオのスタジオを沸かせた。
直前の試合の話を生放送で冗談に落とし込み笑いをとる。
安住の話術は近頃、ますます勢いを増しているともっぱらだ。
理由のひとつとして囁かれているのが、春にフリーになった羽鳥慎一が思わぬ苦戦をしていることだ。


別に、からかったわけじゃないだろ。


ゲンダイは安住アナと羽鳥アナの軋みを表現したいがために、安住アナの発言を都合のいいように解釈して、脚色を重ねたんでしょう。


そんな報道業界の大人の事情のために習志野が犠牲になった。


ここからはあくまで憶測ですが、習志野の試合も見ない、安住氏の番組も聴かない一般人が、ゲンダイの記事を読んだり、ゲンダイを引用した2ちゃんを見ただけで習志野は叩くようになった、と。


整理しますが、この時点で習志野が問題になってるのは、「相手ベンチからの指示を聞こえなくしたり」「マウンド上での会話をしにくくしたりする」という顧問の発言が「正々堂々の高校野球精神に反しているんじゃないか」ということです。「伝令中の演奏継続」は争点ではありません。


後追いで、夕刊フジがこの問題に関して同内容の記事を出すと、だんだん話が逸れていきます。


以下は実際にあった反応です。


習志野卑怯だな」


まあ、これだけ一方的な報道見たらそう思うのも無理ないかな。


「少し前の日本なら鳴り物持ち込み禁止になるんだけどな」


なりません。


「普通相手チームがタイムとったら演奏中断するだろ」


冒頭で2015年千葉大会の演奏中断率は71%と記述しましたが、2011年以前の演奏中断率は0%です。普通はしません。止めたら不自然です。


「鳴り物は禁止した方がよい」


話が拡張してますね。


このあたりから論点がすり替えられて、「タイム中意図的に相手守備陣の会話を聞こえにくくすること」が問題視されてたのに、いつの間にか「タイム中に演奏を継続すること」が問題になっています。


この論点のズレが、今も続くウイルス感染の最大の原因でしょう。


さらに風評被害は止まりません。


「あまりの爆音で審判のストライクの声も聞こえなくなり視聴者から苦情があって、その次の試合には人数減らしてきた」


「(2011年の甲子園は)コンクールが3出禁でヒマなんで甲子園に部員全員200人で応援に来た」


苦情が理由で人数減らしてないし、習志野は三出の年じゃなくても野球応援は全員参加だし。


ちなみに、昨年の習志野吹奏楽部は6月に拓大紅陵と野球応援コンサートやって、7月に千葉大会決勝まで7試合全員で野球応援して、コンクールとマーチングの2冠だったそうな。すごい。

千葉大会での波及


これらの経緯により、習志野は甲子園2回戦の明徳義塾戦以降、タイム中は演奏中断をせざるを得なくなりました。


もう一度言いますが、静岡戦の後、タイム(伝令)中に演奏継続する行為に批判が来たわけではありません。むしろ、タイム中の演奏継続なんて習志野以外の学校どこもやってます。


それが話が大きくなりすぎて、世間様、高野連様の圧力により習志野は「飛び級」せざるを得なくなるんです。


「伝令中の演奏中断」という新たな試みは他がやってない行為だけに、世間の反応は計らずも称賛する声が多かったと記憶しています。


「相手バッテリーが話しているときに演奏中断するのすばらしい!」


アホか。そうさせられてるんだよ!


そういうこともあって、習志野叩きが週刊朝日の件やゲンダイの件を知らない一部の連中によってこの行為を推進する動きに。(本人たちは意識ないでしょうが)


こうして、タイム中に演奏中断することが「良い行為」として広まってしまうのです。私から言わせれば「悪事千里を走る」ですが。


翌年の千葉大会以降も、習志野は相手の守備タイム中は演奏を中断することになるんですが、ブラバンや宮内効果もあり今や千葉県No.1の集客力を誇るため、それだけ影響力も大きく、対戦した学校もそれに感化されていくことになります。


2012年夏の千葉大会は準々決勝でコールド負けを喫しますが、2012年秋は優勝(関東大会出場)、2013年夏準優勝、2013年秋優勝(関東大会出場)、2014年夏ベスト16、2015年夏準優勝と、甲子園には手が届かないもののコンスタントに成績を残していきます。


必然的に千葉大会での試合数が増えて、それに影響される対戦相手も増えていきます。


日本一のブラスバンドを駆使する習志野が、毎回タイム中に演奏を止めていたら「さすが習志野」と謎の賛同を得て、対峙している対戦校も「ウチもやらないとだめなんじゃない?」という日本人特有の集団同調行動。


この波及の速度が予想を遥かに超えて高速でした。


2012,13年夏,15年春出場の木更津総合、2014年夏出場の東海大望洋、2015年夏出場の専大松戸はいずれもその波に襲われた被害者です。(習志野も同様ですが)


そして、今や千葉だけでなく、全国にもこの波が広がっているのです。


今後の展開


昨年夏、ショッキングな出来事が。


千葉大会に蔓延していた「伝令中は演奏中断」ウイルスに対しても、毅然として演奏継続の伝統を守ってきた拓大紅陵


しかし、5回戦の松戸国際戦の2回、先制タイムリーで深紅の誇りをスクラム、さあ押せ押せという場面でノッテけ!紅陵。ここで松戸国際は守備のタイム。


攻撃中の紅陵、演奏継続かと思いきやまさかの演奏中断。紅陵も感染してしまったか...と。


実は、この場面で高野連の人がわざわざ応援席に来て「演奏を止めるように」と通告してきたそうです。


高野連は「都合のいい規制」「思いつきの規制」を得意としています。昨日良かったことは今日ダメ、あのチームには注意するけどこのチームは何も言わない。そんなの日常茶飯事です。


しかし、ここで紅陵はすぐに次の手を打ちます。


次戦の専大松戸戦。紅陵応援席は、楽器演奏がダメなら口演奏だと、伝令タイム中は口ラッパ切り替えという荒技をやってのけました。



【伝令中演奏】拓大紅陵 燃えろ紅陵〜楽器演奏〜口ラッパ〜再開


似たような例だと、駒大苫小牧のボリュームダウンがありますね。



駒大苫小牧「駒大コンバット(チャンス)」 (甲子園タイム減音バージョン)


高野連の規制が合理的とは必ずしも言えません。


それに対応した紅陵や駒苫は流石の一言です。


今後高野連は、各校の応援スタイルが多様化していく中で、様々な規制を通達してくると思いますが、全面から対抗する学校が1校でも多く出てくることを期待しています。


今年の春のセンバツ、千葉の木更津総合が出場を決めましたが、大会でも有力校の一つに挙げられるだけに、伝令中の応援席の動向が気になるところです。