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房総球奏考

野球応援だったり観戦日記だったり

チャンス紅陵で御殿は建つのか

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「チャンス紅陵で御殿が建つくらい儲かってる」


2015年6月21日、日本初どころか世界初とも言われる、演奏曲を野球応援曲のみに絞り込んだ野球応援コンサート(BASEBALL SUPPORTERS CONCERT)が千葉県文化会館で行われました。


出演校は、習志野高校と拓大紅陵高校。野球部だけでなく吹奏楽部にも多くのファンを持つ千葉野球応援界の二大巨頭ですね。


そのコンサートの2部で両校顧問のトークショーがあるんですけど、その中で、習志野の石津谷先生が拓大紅陵の吹田先生を評したのが冒頭の発言です。

俺、前言ってたんですよ。(拓大紅陵の吹田)先生、著作権しっかりした方がいいよって。
なのに、日本全国にみんなやらせちゃうから、もう何百万、何千万か損失しましたよね。
本当ならば、チャンス紅陵で御殿が建つくらい儲かってるんですよ。本当ならば。
だって日本全国どこだってやってますもんチャンス紅陵。
そしたら、チャンス紅陵御殿とか、燃えろ紅陵御殿とか、なんかもうボンバー吹田御殿とか、いろいろ建ってどこに住んでるかわかんなくなっちゃうっていうくらい儲かっている。


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たしかに、これまで高校野球応援と著作権については様々な疑問を持っていたので、今回は「チャンス紅陵」を対象に著作権について色々調べてみました。


※ここで論じるのは「仮定」の話であって、実際とは異なることも考えられます。

チャンス紅陵とは


「紅陵」の名からもわかるように、拓大紅陵高校のオリジナル曲であることは有名ですが、先述のトークショーでも触れられたチャンス紅陵の起源を記述しておきます(下記は10年くらい前の記事)。

かつて野球少年だった吹田教諭は、高校では入学と同時に、応援で野球部に協力しようと吹奏楽部に所属した。
拓大紅陵の教師となって間もないころ、硬式野球部の小枝守監督と
「聞いたらすぐに紅陵と分かる応援曲を作れないか」
と話したのをきっかけに、応援曲作りに取りかかった。
「スタンドが盛り上がり、選手の気持ちを高め、相手に心理的プレッシャーを与える曲」
鼻歌でメロディーを考えるうちに、「チャンス紅陵」という曲が誕生、3回目の甲子園出場となった86年のセンバツ大会で演奏された。
吹田教諭は「応援はみんなの心が一つになれるもの。分かり易い曲を作ってきた」と話す。
毎年作るので、野球部員が「今年はどんな応援曲ですか」と尋ねてくる。
曲を覚えられるよう、92年と02年には「拓大紅陵応援曲集」というCDを作った。
吹奏楽部の演奏と野球部の応援団の掛け声が録音されており、OBや保護者の中にはこのCDを聴きながら球場に駆けつける人もいるそうだ。



【高音質版】拓大紅陵 チャンス紅陵 2011


「チャンス紅陵」が初めて公の場で使用されたのが、1986年の春のセンバツ大会。


その時の紅陵は、元ヤクルトの飯田哲也や元ロッテの佐藤幸彦などを擁し、関東大会は春秋連覇、「東の横綱」と呼ばれた時代でした。


それから今年で30年、飯田は現在ソフトバンクでコーチを務めており、佐藤の息子は現在紅陵野球部に在籍しています。時代は確かに流れていますが、今でも「チャンス紅陵」は、千葉県の高校野球を彩っているんです。


私の手集計によれば、2014年夏、2015年夏の千葉大会において、調査対象104校中58校、実に千葉県全体の58%の学校が「チャンス紅陵」を応援曲として使用しています。


半分以上の58%が使用しているのだから、単純計算すれば175校の千葉県高野連加盟校のうち100校以上は使用していることになるし、確率的には千葉で夏の高校野球を観戦すれば「チャンス紅陵」を必ず聴けることになります。


ちなみに、この夏の千葉大会使用頻度58%は、天理ファンファーレ(96%)、アフリカンシンフォニー(72%)、夏祭り(69%)、ルパン三世のテーマ(64%)に次ぐ5番目に高い水準であり、あの高校野球応援のド定番曲、サウスポー(56%)、紅(51%)、GO!GO!トリトン(45%)などをも凌駕してしまうほどで、千葉県球児にとって馴染みの深いものである点も見逃せません。


三大千葉県といえば、「ディズニーランド」「落花生」、そして「チャンス紅陵」であることは公然たる事実であり、その証拠に少年野球や小中の運動会でも使われたりしますからね。


千葉県が世界に誇る名応援曲。まあ、一般常識レベルです。

「チャンス紅陵」の他県流出


「チャンス紅陵」は、今や千葉県のみならず、埼玉県や群馬県など関東圏を中心に、全国でもちらほら使っているところを見かけます。


ではいつ県外に流出したのか。


前述のトークショーでも話題になりましたが、紅陵が1986年春に初演奏したその同じ年の夏、埼玉の浦和学院はいち早く「チャンス紅陵」を応援レパートリーに取り入れ、甲子園でも演奏しています。


はやっ!( ゜Д゜)


「チャンス紅陵」が誕生から数年で名応援曲としての立場を確立させたことを考えると、浦学の即断は先見の明があったと言えるかもしれません。



68回大会 浦和学院 半波


浦和学院がベスト4に進出した1986年夏の甲子園の映像です。当時、浦和学院の主軸を打っていた半波選手が、1986年の春季関東大会で拓大紅陵と対戦した際に「チャンス紅陵」を気に入ったようで、同年夏の埼玉大会から半波選手の個人専用曲として浦和学院の応援レパートリーに取り入れられました(現在はメドレー曲の一部)。ちなみに、同じ埼玉の上尾高校は、「チャンス紅陵」を「半波」と呼んでるんのだそう。

野球応援曲の著作権


さて、ここまで「チャンス紅陵」の浸透力について列挙してきましたが、

著作権しっかりした方がいいよ」


とおっしゃる石津谷先生の気持ち、すごくわかります。大丈夫なの!?


ということで本題、野球応援曲と著作権についてですが、そもそも著作権とは。

著作権法第17条 2  著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要しない。


著作権は、著作者が著作物を創作した時点で自動的に発生するのだそうです(無方式主義)。


つまり、吹田先生が「チャンス紅陵」を創作した1985年?時点で著作権は吹田先生および拓大紅陵高校が有するわけです。

著作権法第51条 著作権の存続期間は、著作物の創作の時に始まる。
2  著作権は、この節に別段の定めがある場合を除き、著作者の死後(共同著作物にあつては、最終に死亡した著作者の死後。次条第一項において同じ。)五十年を経過するまでの間、存続する。


当然、著作者である吹田先生は現在でも元気に指揮を振っていますから、「チャンス紅陵」の著作権は消滅していません。


じゃあ、やっぱり「チャンス紅陵」を他校が使うのは著作権侵害にあたるんじゃないの?


結論から言いまして、「チャンス紅陵」に限らず、「天理ファンファーレ」や「アフリカンシンフォニー」など、他者に著作権が存在する曲だとしても、野球応援として演奏すること自体には何の問題もないのだそうです。


www.bengo4.com


上記の記事を参考にしてもらえばわかりますが、

著作権法第38条 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。


(1)営利を目的としていない
(2)聴衆から料金を受け取らない
(3)演奏について報酬が支払われない

野球応援はこの条件に該当するため、著作権で保護されている曲であっても著作権侵害にはあたらない、というわけです。まあ、お客さんはブラバン演奏ではなく野球を見に来てますからね(一部そうではない方たちがいますが...)。


なので、他の学校が無許可で「チャンス紅陵」を演奏しているからといって著作者である拓大紅陵側が「著作権侵害だ!」と訴えても、非営利目的である応援団から著作権使用料を徴収することはできないんです(「やめてください」と言えばやめてくれるかもしれませんが←習志野のレッツゴーがそう)。


ちなみに、甲子園大会の野球応援でいわゆる「定番曲」を演奏する場合、応援団は問題なくても、甲子園大会は入場料を徴収しているので、高校野球連盟か甲子園球場側かいずれかの機関がJASRAC日本音楽著作権協会)に球場の面積(または定員数)に即した使用料(包括契約)を支払う必要はあります。

応援曲「改変」の問題


非営利目的であれば何でも自由に演奏できるのか、ということではありません。


上記の弁護士ドットコムの記事を見てもらえばわかるとおり、非営利目的の演奏であったとしても、他人の曲を勝手に改変することはできません。

著作権法第20条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。


著作者は、著作権財産権のほかに、著作者人格権という人格的利益の法的保護を受けています。その著作者人格権の一つが上の条文の『同一性保持権』です。


ここでピンとくる方もいるかもわかりませんが、



浦和学院野球応援曲 - 怪物マーチ


そうです、この曲です。


いつから「怪物マーチ」と呼称するようになったかは不明ですが、前掲の『浦和学院 半波』の映像で流れる曲は今の「怪物マーチ」より「チャンス紅陵」寄りだとわかります(選手コールの「カセカセ半波」は本家と同じで、現在の浦和学院「怪物マーチ」とは異なります)。


つまり、浦和学院は「チャンス紅陵」を「怪物マーチ」として「改変」したと言うこともできます(あくまでここで述べているのは浦学が許可を取っていなかったという「仮定」の話であって、実際、浦学が正式に紅陵から「チャンス紅陵」を貰い受けて、こうした「改変」も許可を取っている可能性も考えられます)。


法律の専門家ではないので「改変」の基準がどの範囲まで及ぶのかわかりませんが、題号の変更のみで30万円の慰謝料の賠償を認めた判決(XO醤男と杏仁女事件・東京地裁H16.5.31判決)があったことを参考にすると、「怪物マーチ」という「改変」もその基準を満たすことは十分考えられます。


この『同一性保持権』の問題で争点となるのは、著作者の名誉声望の侵害です。

「怪物マーチ」は名誉声望の侵害になる?

著作権法第113条 6 著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。


この精神的損害としての名誉声望の侵害に関しては、昭和61年5月30日のパロディ写真事件において以下のような判断がなされています。

著作者の名誉声望とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉をさすものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれない


2004年春以降、本家の拓大紅陵が甲子園に出れていない間、浦和学院は春5回夏6回の甲子園出場、うちベスト8、ベスト4が1度ずつ、2013年春には初優勝を果たすなど、名実ともに全国の強豪校としての仲間入りをしています。


特に最近はyoutubeSNSなど、情報交換が活発に行われ、「浦学はオリジナル応援曲が豊富」という認識が全国の高校野球ファンの間で広まり、「怪物マーチ」もその呼び名から浦学オリジナルと認知されることが多くなったと言えます。


その証拠に、花咲徳栄聖望学園等の埼玉の強豪校が「チャンス紅陵」を使うときの応援ボードは「怪物」です。これは、浦学をリスペクトする浦添商業などの沖縄の学校(市立尼崎高校の友情演奏)も同様です。


これは主観的な意見ですが、「怪物マーチ」の原曲が「チャンス紅陵」であることを知っている人は一部の応援マニアだけでしょう。私の周りも「浦学の曲」と認識している人が多いです。


これらのことを踏まえると、著作者である吹田先生(拓大紅陵)の「名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価」は少なからず下降気味であることが言えます。ただ、名誉声望の基準もかなり曖昧であり、この「怪物マーチ」の広がりが名誉声望の侵害に当たるのかは微妙なところです。


仮に名誉声望の侵害が認められれば、過去の裁判例(前掲デッドオアアライブ2事件・東京高裁H16.3.31判決→慰謝料200万円、記念樹事件・東京高裁H14.9.6判決→慰謝料500万円)から数万円~数百万円にまで及ぶ慰謝料の賠償を請求することができます。

シミュレーション


ここからはあくまで妄想です(というかこの記事終始妄想か)。


妄想その1


千葉県で「チャンス紅陵」を使用しているのは約100校であるとして、他県であれば、浦和学院を筆頭とする埼玉県勢、じゃあ20校くらいとしておきましょう、他には前橋商業を筆頭とする群馬県勢10校、あと全国にちらほら10校、計140校(仮)とします。


このすべての学校におそらく紅陵高校で保管されているであろう「チャンス紅陵」の楽譜を満を持して各校に配ります。もちろん有償で。


管楽器の単旋律を採譜した楽譜の料金の目安が3000円ということで、それを採用すると...3000×140=420,000円(手数料含まず)


妄想その2


仮に、浦和学院が「浦学応援曲集」としてCDを発売したとします。


25曲収録で定価1,500円のCDを10,000枚製造、その中に「怪物マーチ」を含めるとすると、CD販売は営利目的に含まれるため著作権の使用料が必要になります。


上記の概要からJASRACの計算方式を採用すると、「チャンス紅陵」の使用料は65,880円になります(消費税込み)。

まとめ


つまり、「チャンス紅陵で御殿が建つ」のは極めて難しい、ということです。


名誉声望の侵害が認められても、せいぜい賠償金は数十万円。前述の妄想を含めても、「数千万円」には到底届かないことがわかります。




で、色々調べていて思ったんですが、冒頭で取り上げた「野球応援コンサート」は著作権の問題大丈夫だったんですかね?


JASRAC管理曲バンバン使って、入場料バリバリ取って、しかもDVD/BDまで出してたけど。


結局は、特許と違って著作者が名乗りを上げなければややこしい話にもならないんですね。




そういえば、拓大紅陵はオリジナル曲の豊富さから学校独自の応援曲集CDを現在までで計4枚販売してますが、ver.1が絶版となったのは著作権の問題があったからなんですかね。


ver.1は、原曲のあるコパカバーナとかシェリーに口づけとか収録されてましたから。


ちなみに、今出てる紅陵CDにも、原曲のある木更津甚句とか証城寺の狸囃子とか収録されてますけど、どちらも現在著作権は消滅してます。問題なしという判断でしょう。




ということで、3月のセンバツ大会には、「チャンス紅陵」を演奏する木更津総合、桐生一、花咲徳栄の3校が出場します。


あれは、「浦学の曲」ではなく、「紅陵の曲」ですからね!!